メモリアルシップ “摩周丸” (3)…

青空に積乱雲、気温28℃、湿度が下がってきたのか?少しだけ空気の透明度が増して来たような気がする一日でした。

摩周丸もそろそろ飽きてきたかな?三日目、最後は展示コーナーと思い出を少しだけ紹介です。

青函連絡船歩みのコーナー
1908年3月“比羅夫丸”、4月“田村丸”で始まる青函連絡船80年の歴史がパネルや模型で展示されてます。

終航時まで着用されていた制服です。
1980年〜1987年の夏の繁忙期と1988年終航時には、船内での案内や観光ガイド等を行っていた“マリンガール”さんが乗船していました。

残念ながら“マリンガール”さん、あまり記憶にありません。
きっと可愛い素敵なお姉さんだったと思いますが(^^♪。

懐かしい“きっぷ”がたくさん…

子供の頃、夏になると父の実家へ帰省するとき乗るのは二等席だったと記憶してます。
一等席はひとつ上のデッキ、三等席は下の船倉に近いところ?ここの丸窓から見える海面近い景色が好きでいつも此処へ行きたがっていたこと…。
丸窓の記憶は…この摩周丸以前の船だと思いますが。
普通席とグリーン席になったのはいつ頃からだったのかな?


船のしくみコーナー
模型や機器類の展示、船好きにはたまらない展示がたくさん…

昭和20年〜30年代の舵輪…私と同じくらいの歳ですか?

最初の青函連絡船“比羅夫丸”の模型…

初代の摩周丸と二代目摩周丸(この船です)…

青森港にもメモリアルシップ“八甲田丸”がありますよ…

子供の頃、乗船すると楽しみにしてたことがありました。
出航の時「ジャジャジァジャ〜ン!」と打ち鳴らすドラの音、だんだん早く打たれる音に「船が動き出す」とワクワクしてたこと。

そして夏の海峡では船と並行して泳ぐイルカに出会うこと…臆病だった私は父の袖にしがみつきデッキから海を眺めていたのは50年も前のことです。

1988年3月13日青函トンネル開通とともに終航した青函連絡船ですが、沢山の思い出があります。
またここへ来て昔を思い出したいな…。

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